在日米国商工会議所(ACCJ)ウィメン・イン・ビジネス・サミットにおけるケネディ駐日米国大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

2015年6月29日 ACCJ撮影の動画

 おはようございます。エリザベス・ハンドーヴァー在日米国商工会議所(ACCJ)ウィメン・イン・ビジネス委員会共同議長、ご紹介ありがとうございます。ジェイ・ポナゼッキACCJ会頭、素晴らしいスピーチ、そしてこのような重要な会合にお招きいただいたことに感謝します。この会合の成功に向けた、ウィメン・イン・ビジネス委員会のメンバー、そしてハンドーヴァー、ハイデン両共同議長のご尽力にお礼を申し上げます。ACCJと米国大使館の連携は、私たちの使命にとって必要不可欠であり、私たちは日本で事業を行うACCJの会員企業の成功に貢献できるよう努めております。

 ACCJの会員企業が長期にわたり収益を上げ、日本経済が成長していく上で、完全かつ公平な形での女性参画ほど喫緊かつ重要な要素はありません。安倍首相および日本政府が産・学・官および社会のあらゆるレベルで女性の地位を向上させるため、強い決意を持って着実に取り組んでいることを称賛いたします。また女性の雇用と昇進を最優先課題のひとつとしてきた企業や省庁もたたえたいと思います。このような短期間に進展がみられたのは素晴らしいことです。また「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関」(UN Women)から、女性の活躍を推進している政府首脳の1人として認められた安倍首相にお祝い申し上げます。そして先ほどポナゼッキ会頭が言及された、間もなく発表される白書に多くのリソースを投じて取り組んできたACCJをたたえたいと思います。

 この白書では実践的手法を採用し、全ての労働者のためになる必要な改革を打ち出しています。能力に基づいた評価制度による生産性の向上、男女両方を対象とした価値ある指導教育制度、取締役だけでなく管理職の採用および昇進に関する透明性の向上、そして税制改革を通じた公平な競争条件の創出が盛り込まれています。

 これらの考えは個々には十分に議論されてきましたが、確実に受け入れられ、実施されるには今日ここで、そして今後もさらなる議論が必要です。これこそ、この会合に出席している皆さんが重要な役割を果たすことができ、果たさなければならない点です。これは正しいことだからという理由だけでは実現しません。企業の収益力や競争力が上がる、あるいは今後20年で国内総生産(GDP)が拡大するという理由だけでは実現しません。幅広い国民の支持と強い要求がない限り、変化は起きないでしょう。進歩が継続し、不可避で必然的なものになる必要があります。力のある立場にある人々が確立された制度や現状を打破するには、行動がもたらす報奨よりも行動を起こさないことの代償が高くなる必要があります。

 うれしいことに、日本着任からわずか1年半の間に、私はすでにさまざまな変化を目にしてきました。女性の地位向上を長年にわたって訴えてきた人たちからは、今回は今までと違うという話を聞きます。今、チャンスが訪れていますが、これを当然と思ってはいけません。トップレベルではリーダーシップが発揮され、才能豊かで能力のある女性があらゆる職業に進出し、その数は増加しています。平和や人権問題での日本の世界的なリーダーとしての役割と、日本で働く女性がひどい扱いを受けているという現実は相容れないという認識が広まることで、この取り組みの緊急性が高まっています。

 昨年、このシンポジウムを皮切りにさまざまなイベントが実施され、最後を飾って外務省主催の「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」(WAW!)が開催されました。本日、このシンポジウムが再び開催され、機運が高まっています。道しるべとなるACCJの報告書が公表され、UN Womenは今年の夏、東京事務所を開設します。間もなく開催されるWAW!の第2回会合には、かつてないほどの関心が世界中から寄せられています。つまり、具体的な進展をしていることを示す必要があるということです。だからこそ、本日お集まりの皆さんはそれぞれ、この問題に個人として、そして職業人として取り組まなければなりません。皆さんの多くはもう手一杯だと感じている人もいるかもしれませんが、本日この場にいることで貢献しているのです。同僚や友人を勇気づけるような模範を示すことで、さらに貢献したいと考える人もいるでしょう。文化人類学の草分け的な存在であるマーガレット・ミードは、かつて次のように言いました。「献身的な、少数の市民が世の中を変えられることを疑ってはならない。実際に世の中を変えてきたのは、そういう人々にほかならない」

 進歩をもたらすには、自らの人生や他人を助けるなかで、変革を生み出す立役者になる必要があります。私にとって、このようなスキルを身につける最善の方法は、変化を生み出し、障害を乗り越え、自分に対する期待が低いからといって自らを制限することを拒み、そして素晴らしい成功を収めた人から学ぶことです。本日は、模範となる米国人の女性を何人か紹介したいと思います。皆さんのお役に立てば幸いです。

 ナンシー・ペロシ下院少数党院内総務は2006年、女性初の米国連邦議会下院議長に就任しました。彼女はつい最近、日米関係強化への貢献により日本政府から旭日大綬章を授与されました。5人の子どもの母親、そして9人の孫の祖母でありながら、下院議長として大統領権限継承順位第3位の要職を務めました。

 父親がワシントンDCに隣接するメリーランド州の都市、ボルチモアの市長を務めるなど、ペロシ院内総務は政治一家の中で育ちましたが、大学時代から交際していたポール・ペロシと結婚してカリフォルニア州に移り住み、6年間で5人の子どもをもうけました。彼女が地元の民主党政治に積極的に関わるようになったのは、子どもたちが大きくなってからでした。彼女にとって政治は母親業の延長線上にありました。

 「きれいな空気、水、安全な食べ物など家族のために実現したい課題はたくさんある。しかし適切な公共政策がなければこれらを手にすることはできない。そのために政治に関わらざるを得ない」とペロシ院内総務は言いました。彼女は、長年にわたる先輩である地元選出の女性下院議員が病に倒れ、彼女を後継者に指名するまで、政界に進出することなど夢にも考えていませんでした。ペロシ院内総務によると、その女性議員は自分を最適任者として考えていたからではなく、ライバル議員がどれも気に入らなかったからだと言います。皆さんの多くは、こう語った彼女の気持ちがよくお分かりになるのではないでしょうか。女性は自分の能力に自信が持てないことがしばしばありますが、ナンシー・ペロシを知っている人なら誰でも、なぜ彼女が選ばれたのか理解できるはずです。

 家庭を守ることからキャリアを追求することへの転換を説明することは、細かく分ければそれほど難しくないとペロシ院内総務は言います。まず自分自身の経験を認めること。今まで専業主婦であっても気にする必要はありません。育児や家事を切り盛りするために必要なスキルはどの職場でも大いに役立ちます。2番目は関心がある問題について学び、精通すること。そうすれば誰に会っても自分が無知だと感じずにすみます。3番目は明確な目標を持ち、自分の計画表をつくること。最後に、自分自身を信じて、自らの経験を共有すること。私たちは皆、自分自身の人生に責任を負うために決断を下さなければなりません。なぜその決断を下したのか、そしてそれはいつだったのかを考えてください。私たちは皆、互いから学ぶことができます。経験を共有すれば、力をつけ、ともに前進していくことができます。

 私が共感した一番大切なことは、悩むのではなく、仲間を見つけようという点です。できない理由を並べ立てるのは時間の無駄です。前向きな考えの人を見つけ、一緒に何ができるか考えてください。最初は世界を変えることはできないかもしれませんが、友達を変えたり、部屋を変えたり、企業を変えたりすることはできます。

 米国の草の根団体「マムズ・ライジング」(Mom’s Rising)の例をご紹介します。2006年に数人の友人同士が始めたこの組織は、最初は時間がかかりましたが少しずつ拡大し、会員数は数百人から数千人に増え、今では100万人以上の会員と100の提携団体を持つほどに広がり、ブロガーは1000人を超えています。参加者が訴えるのは、母親、父親の出産・育児休暇、オープンで柔軟な就労時間、幼児教育と保育制度、平等な賃金、生活賃金など家庭に影響を及ぼす問題です。マムズ・ライジングは技術を活用して変革を推進する巨大な力へと成長し、全米の職場だけでなく、市や州そして連邦レベルの公共政策面でも勝利を収めています。このような団体が日本でも誕生するかもしれません。

 ナンシー・ペロシが一世代にわたり政界の女性たちを勇気づけてきたように、民間部門にも企業風土に変革を起こしている女性がいます。そのうちの1人が、フォーチュン誌が選ぶ「フォーチュン500」の59位にランクインしているロッキード・マーチン社の最高経営責任者(CEO)のマリリン・ヒューソン氏です。ロッキード・マーチン社は主に航空機および戦闘機メーカーとして知られていますが、事業を多角化し、クラウド、サイバーセキュリティや生体認証分野で最先端の技術を提供する情報技術企業へと転換してきました。また地球観測衛星の打ち上げ、最先端のロボット工学やナノテクノロジー分野の研究開発で草分け的な存在です。

 ヒューソン氏は陸軍の文民行政官の父親、陸軍看護師の母親のもとに生まれました。両親はカンザス州フォートライリー基地に勤務しているときに知り合いました。彼女がキャリアを選ぶきっかけとなったのは両親の愛国心でした。ヒューソン氏は多様性の熱心な提唱者で、企業内および指導的地位にさまざまな考えをもつ男女を配置することが成功と収益力向上の鍵であるという強い信念を持っています。彼女がCEOに就任してからロッキード・マーチン社の株価が2倍に上昇していることからも、彼女が正しいことがわかるでしょう。彼女はまた人材開発に多くの時間を費やしており、女性が集まり、共通の課題や経験を話すことができる場をつくりました。最初は勤務時間後のハッピーアワーの集まりという形でスタートしましたが、その後夕食会へと形を変え、12年目となった現在は議論と専門能力の開発を行う1日のイベントとなり、350人以上の男女が参加しています。

 ヒューソン氏が掲げる女性の地位向上に関する原則は、ナンシー・ペロシのものと大きく変わりません。自分が望んでいることを自分で決め、その決断を認めること。自分のキャリアに責任を持つこと。個人的にも、職業人としても、自分にとって正しいことを実行すること。常に課題を受け入れること。自身に制約を課すことなく、快適な場所から踏み出す覚悟を持つこと。指導者となり、また指導者を見つけることで自身の能力育成に投資すること。多様性を受け入れ、助けてくれた人のことを思い、他の人の成功を支援することで今まで受けた恩を未来に返すこと。

 政府や大企業で先駆者としての役割を果たすだけでなく、起業家になる女性も増えています。事業を始めるきっかけのほとんどは、家庭と夢を同時に実現できる仕事を見つけることができないという理由です。企業や政府の制度や構造が女性の生活の現実に合っていないのです。小さい子どもや年老いた親がいる女性は、男性と同じ時間だけ働くことはできません。女性の考えを十分に評価しないような上司がいる現実にうんざりする人もいれば、夢を持ち、夢の実現に恐れずに挑む人もいます。

 そのうちの1人が、ダイアン・フォン・ファステンバーグです。彼女の母親はアウシュビッツに収容され、医師からは弱っているため子どもを生むのは難しいとまで言われていたにもかかわらず、収容所から解放後わずか18カ月でファステンバーグ氏を出産しました。同氏は情熱を持った母親が人生の手本であるとたたえ、彼女から「恐れという選択肢はない。何が起ころうと犠牲者になってはいけない」ということを教わったと語っています。

 ファステンバーグ氏は名家の男性と若くして結婚し、彼女よりも前に米国に移住してきた他の多くの人々と同様、キャリアを築くという決意と夢を抱いて米国にやってきました。他の移民と違う点は、彼女は旅客船で来たことと、公爵が一緒だったことです。しかし、その後は全て彼女次第でした。1970年に3万ドルの資金で会社を立ち上げ、4年後の28歳のとき、2人の子どもを持つシングルマザーとして、ラップドレスを発明し世界的な反響を呼びました。女性運動が活気づき、働く女性の数が過去最高を記録するなか、ラップドレスは仕事をしながらおしゃれを楽しみたいという忙しい世代のニーズの象徴となりました。

 何年かたちファステンバーグ氏は事業をたたみましたが、1997年には新しい世代向けのラップドレスの販売を新たに始めました。今では再婚し、4人の孫を持つ祖母として、DVFを世界的ライフスタイル・ブランドへと成長させ、ここ10年間はアメリカファッションデザイナー協議会の会長を務めています。

 成功の秘訣について彼女は次のように述べています。「自分を信じること。自分を信じるためには、自分自身と関係を築かなければならない。自分に厳しくしなければならないし、惑わされてはいけない。独りでいられること。物事を考えられること。自分を頼ることができ、慰めることができること。そして自分を鼓舞することができ、自分自身に助言を与えられることが大切だ」

 ナンシー・ペロシ、マリリン・ヒューソン、ダイアン・フォン・ファステンバーグはそれぞれ異なる成功を収めた手本ですが、3人とも妻であり、母であり、同僚であり、先生です。長所はそれぞれ異なりますが、3人とも女性の地位向上に情熱的な決意を持って取り組んでいます。私たちは彼女らの経験と英知から学ぶことができます。

  日米両国の女性の地位向上を見据えると、道のりはまだ遠いことが分かります。しかし、私たちには手を差し伸べ、勇気づけ、その道のりを進む一歩一歩の歩みを先導してくれる人々がいます。後戻りはできません。私たちの成功を待ち望んでいる新しい世代の若い男女がいます。私たちは本日、この部屋を一歩出たらすぐにも懸命に取り組んでいくという、自身および互いに対する決意を再確認すべきです。そうすれば来年再会したとき、自分たちが成し遂げた進展について語り合うことができるでしょう。

 ありがとうございました。